北又の池ノ沢とお姫さま
北又の池ノ沢とお姫さま
むかし、北又にある池ノ沢というところに、
大きな池がありました。
池の水はいつもきれいだったので、鯉や鮒がたくさん泳いで
おりました。池には釣りをする人や、馬に水を飲ませる人、
仕事で疲れた体を休める人たちでたいそう賑わっていました。
そして池の周りに集まった人びとは
「この池の主は、六本の足をもつ龍だ」
「いや大きなかわうそだ」
「いや、そうじゃない、きれいなかわいらしいお姫さまだ」
と、そんな話をしておりました。
梅雨に入った、ある日のことです。
激しい雷とともに、夜中から降り出した雨は
大雨になりました。
その大雨が三日の間つづいたうす暗い夕ぐれのことです。
稲妻が光ったかと思うと、
池の水がごぉーという音とともに
高く盛り上がり、その中から、
それはそれはきれいなお姫さまが現れました。
けれど稲妻の光の中に見えるお姫さまの顔は、
どこか淋しそうでした。そして風が吹き始めると、
お姫さまはすーっと舞い上がり、南の方へ飛んで行き、
やがて見えなくなってしまいました。
驚いた人びとがそのようすを観ておりますと、
池の水が急にあふれ出し、池の土手が大きな
地響きを立ててくずれ、池は谷間へと流されてしまいました。
人びとは、思わず手を合わせて池を拝みました。
それからいく日か過ぎたある日のことです。
池の近くに住む人びとから
「そういやぁこないだから、夜になると池の方から
悲しそうな女の人の泣き声が聞こえておったに」
という話が広まりました。
人びとは
「池の主のお姫さまが、池ノ沢が流されるのを知って
深見の池へ帰って行ったんだ」、と語り合いました。
そして村人は、崩れてしまった池ノ沢の田んぼや畑を
もう一度耕し、暮らすようになったということです。